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北向甘酒地蔵尊 [歴史・祭り・イベント]


3月23日(木)

今日の宇都宮は

薄く雲がかかり思ったよりも晴れませんでしたね[曇り][晴れ]


甲子園では、作新学院高校が帝京第五高校(愛媛)と対戦し

9-1で勝利し2回戦進出を決めました[野球]

おめでとう[ぴかぴか(新しい)]

夏春連覇を目指して頑張れ~[位置情報]


さて昨日は、台陽寺の子安地蔵尊をご紹介しましたが

今日は、報恩寺にある甘酒地蔵尊をご紹介します[ひらめき]


報恩寺は西原小学校の北側にある臨済宗のお寺です。

寛永16(1639)年に第26代宇都宮藩主奥平家昌の室、

仙遊院殿松嶺宗鶴大師の寄進で梁津玄棟和尚が開山しました。

当初は城内の松ケ峰にあったそうですが後に現在地に移転しています。


戊辰戦争の戦死者を葬った官修墳墓が県内で一番多くあり

縣六石撰文「戊辰役戦士記」があります。

吾唯知足の池もありますよ。


大変お世話になった方がお元気だった頃

報恩寺に一緒にお参りに行った際教えていただいたことを思い出し

甘酒を持ってお参りしてきました。


平成22年に葺き替えされた寛永年間の創建の

美しい茅葺の山門をくぐると左側に甘酒地蔵尊は安置されています。

當山十一面観世音菩薩の手前です。

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右側の赤い帽子と前掛けを身に付けていらっしゃるのが甘酒地蔵尊です。

南無地蔵菩薩 享保2(丁酉)年12月6日刻 

と裏手にある木の札に書いてありました。


図書館で調べたところ、『宇都宮の寺院』宇都宮市教育委員会に 

甘酒地蔵尊について掲載されていましたよ[本]


蓬莱町念仏講寄進で、願いごとがかなうといわれ参詣する人が多く

竹筒に甘酒を入れてきて地蔵尊に供える習慣がある処から

北向甘酒地蔵尊と呼ばれるそうです[ひらめき]


北向きとは、霊験あらたかであることを示すそうですが

その数は少ないんですって。


ちなみに、甘酒地蔵尊の左側は南無観世音菩薩 

延宝9(辛酉)年5月2日刻 と木の札に書いてありましたよ。


享保2年は1717年、延宝9年は1681年なので

こちらの観音様の方が先輩のようです。

偶然だと思いますがどちらも酉年に建立なんですね。

300年以上の時を超えずっと見守ってくださっている

お地蔵様と観音様です[ぴかぴか(新しい)]



報恩寺

宇都宮市西原1-3-13



3月23日 猫さんにはお会いできませんでした


竹筒に 甘酒供えて 猫祈る[猫]



~今日のルルルくんとサニーちゃん~


こたつの中で掃除機に吸われました[猫]


子安地蔵尊 [歴史・祭り・イベント]


3月22日(水)

今日の宇都宮は

風が強かったのですが晴れて最高気温は14℃まで上がりました[晴れ]


さて今日は、台陽寺の山門の手前にある子安地蔵尊をご紹介します[ひらめき]

子安地蔵尊は、宇都宮城主戸田氏の守り地蔵尊だったもので

宇都宮城内にあったそうですが

大正9(1920)年3月にこの場所へ移されたんですって。

(町内の近能家屋敷内に一時安置されその後台陽寺に移されたそうです。)

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大谷石のお地蔵様です。

子育て、安産の尊として子供たちの成長と健康、

家内安全、交通安全を守護なされています。


新しい綺麗な赤い帽子と前掛けがかけてあり

前掛けにはお子さんたちの名前が書いてありますよ。


新町上組自治会さんの説明文には、昭和54(1979)年に

この地に移って60周年と書いてあるので

平成31(2019)年に100年を迎えるようですね。


手と手合わせる心の中に そっと微笑む地蔵尊

と素敵な歌も書いてあります。

綺麗なお花も供えられていますよ[かわいい]



3月22日 猫さんにはお会いできませんでした


手と手合わせる心の中に 猫も微笑む地蔵尊[猫]



~今日のルルルくん~


サニーちゃんみたいにスリスリしてくれました[猫]


台陽寺 [歴史・祭り・イベント]


3月21日(火)

今日の宇都宮は

最高気温は8.8℃しか上がらず冷たい雨が降り続きました[雨]


気象庁から東京でソメイヨシノの開花が発表されましたよ[かわいい]

いよいよ桜の季節ですね[ぴかぴか(新しい)]


さて先日、お彼岸ということもあり

大変お世話になった方のお墓がある台陽寺に行ってきました。


宇都宮の身近な歴史』の完成おめでとうございます!

そして、届けてくださりありがとうございましたと

お礼も伝えたかったのです。


前回お参りに来たときはお墓の場所がわからなくなってしまい

ぐるぐると何周も回って迷ってしまいましたが

今回はすぐにわかりました。 とか

久しぶりに奥様にもお会いしましたよ~。

相変わらず若々しくてお綺麗でした。


なんて墓前で手を合わせながらお話ししていたら

曇っていたのに、サーッと雲の間から光が射し

お返事をしてくださっているようで… うれしかったです。

もうすぐ新川の桜も咲きここからも見えますね[かわいい]


台陽寺は、平成通りから南へ少し入った

不動前通り沿いにあります。

倒れてしまった大ケヤキさんのすぐ近く(北側)です。


西原山と掲げられた立派な山門があります。

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戦前には黒塗りの荘厳な山門があったそうですが

風雪に晒されため平成5年に建て替えられたそうですよ。

山門をくぐると六地蔵様がお出迎えしてくれます。


お世話になった方の恩師 塙静夫先生の『うつのみや歴史探訪』によると

台陽寺は、大平町にある大中寺の末寺なんですって。

大中寺は七不思議が伝わる曹洞宗のお寺で紫陽花の名所でもありますね。


慶長10(1605)年に宇都宮藩主奥平家昌が

大中寺の11世宋寅(そういん・寅寛大和尚)を招いて

宇都宮城内に建立したそうです。


本田正純が藩主になり城下町割りを行った際この地に移されたんだとか。

享保6(1721)年に本堂を再建したそうですが

昭和20(1945)年の宇都宮空襲で焼失し

現在の本堂は戦後に建てられたものだそうです。


台陽寺には、長沢粋庵、長沢不尤所(ふゆうしょ)(楽浪)、

掘貞道、松本亮之允、奥平定保、ほか奥平家臣のお墓があるようです。


寛文元年、出雲国生まれの長沢粋庵は、

若くして京都に出て儒学者伊藤仁斎の門に入って学び

佐倉藩主戸田忠昌に儒官として召し抱えられ

戸田氏の名により徳川綱吉に「論語」を講じたりもした人だそうです。


粋庵の次男である不尤所は、越後国高田藩在任の宝永3(1706)年に

長男とともに疱瘡(天然痘)にかかって失明してしまったそうですが

父の粋庵は、「盲人は人一倍努力しなければ並みの人と同じ学問は身につかぬ。

天の試練に負けてはならぬ」と励まし

二人の手のひらに文字を書いて暗記させ紙縒りで文字を作って

指に触れさせて教え込んだので

『大学』『中庸』を素読するようになったのだとか。


不尤所は、粋庵の宇都宮転封のため今小路門内に移り住み

父や兄と同じく戸田氏に仕えて儒官となり

宇都宮藩主戸田忠真のとき、宇都宮藩士に学問を講義する傍ら

経済学に興味を持ち『王道内外篇』そして『論語俗解』を書いています。


安永8(1779)年、宇都宮城内の武家屋敷で

82歳の生涯を閉じ父と同じく台陽寺に葬られたそうですよ。



台陽寺

宇都宮市新町1-6-12



3月21日 猫さんにはお会いできませんでした


天の試練に負けてはにゃらぬ[猫]



~今日のルルルくんたち~


じゃこをちょこっと食べました[レストラン]


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